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「気」は生きていく上での根本の気持ちだと思う

12.18.2016, 賃貸, by .

 台風18号が去って気持ちのいい秋晴れとなる。

 ストーマの袋の交換と入浴。
 下のモータースで軽四のオイル交換をする。毎回3千キロ毎、費用は1890円。わずか1ヶ月足らずで交換したことになる。
 月に3千キロ走破は多いのか、日割り計算でおよそ100キロだから、そうたいした走行距離というわけでもなさそうだ。ガソリン代は月やく2万5千円だ。10年くらい前は1リットルが100円だった。当時は1万5千円だから、1万円も余計な出費で、年間にすると10万円ちかい差が出る。それを数年続けたらもう、中古の軽四が買えることになる。ガソリン代を引き上げて誰が得をしているんだろうかと疑念が湧いてくる。単なる円高のせいではないような気もする。なにか仕掛けというか裏で工作しているのではないかと疑念が湧いてくる。しかし、いったん値上がりしたガソリン代が下がることはない。なんでだろう?

 午前11時過ぎ、身支度をして、預かりのミドルタワーを積んでうちを出る。赤磐市内だと距離的には80キロ前後で2時間はかかるので、きょうは蔵王インターから上がる。平日は上り本線もがらがらである。乗用車、商用車、会社関係の普通トラック、そして長距離大型トラックとなる。ときどき、酔狂なとんでもない、走る御殿のような高級車が走っていたりするくらいだ。

 倉敷西坂で降りる。ETCは500円。
 新幹線高架下から、岡山市内、川入に入る。
 娘宅の団地もやり過ごす。ヘタにたち寄ると子供が遊ぼうといって解放してくれなくなるので、寄らない。

 西口駅前から清心橋を右折して法務局前、交差点を27号線に左折する頃は午後0時15分過ぎだった。裁判所前は数台放送局のアンテナが付いたクルマが取り囲んでいて、物々しい、なにごとかと思ったら、例の倉敷徳芳小学生誘拐事件の公判が午後1時からあるとあった。それの取材らしかった。

 27号線から旭川沿いを走って赤磐市内へ入る。27号と37号線が交わるところ、町役場から北へ数キロ上がったところに総合体育館、山陽ふれあい公園があり、ここはバレーボールチーム岡山シーガルズの本拠地であるらしい。きょうはこの大型公園のすそ野、周辺をまわってお客さん宅にちょうど午後1時に到着した。
 換装して新しくなったミドルタワーをもって上がり、起動テストをして無事納めることができた。バックアップをとったSATA120GBのHDDもいっしょに渡しておいた。いざというときのための予備ディスクである。SSDはいつなんどき起動不能に陥るか予想がつかないための安全措置である。
 15分ほどで退散した。ふれあい公園のトイレを借りた。あたりを見渡すときれいに整備されて、だいたいきれいに手入れされているのがわかる。ぱっと見たところでは高台のホテルかなという印象がある。

 来た道をそのまま戻り、昼飯をまだとっていなかったことを思い出し大安寺のスーパーで100円のタコ焼きを2パック買い、駐車場で食べた。きょうは天気がよく気持ちいいのでついでに100円のバニラのソフトクリームも追加した。

 倉敷西坂まで戻り高速に上がる。チンタラ運転して、のんびり帰途についた。節約を兼ねて鴨方インターで降りる。

 地元のスーパーで缶ビール、その他買い物、7百円ほどして帰宅した。
 時刻は午後4時がちかかった。

 つぎは富士通のノートのリカバリの作業だが、さすがに、パソコンをつつくのはめんどくさくなり、しばらくふとんで休んだ。

 午後6時ごろ目が覚めた。
 番組のニュースを見ながら缶ビールを飲んで息抜きした。

 夕飯は昨晩の残りのカレーである。
 家人は残業で午後8時前に帰宅した。

 食後は、ビクターのプロジェクターを使って、YouTubeで「チャイルドプレイ」(チャッキー)の裏話を見た。1988年の作で、監督はトム・ホランド、刑事役にクリス・サランドン。アンディはかわいい子供、4才くらいで、うちの孫を彷彿とさせるものがある。当時みたときは正直怖かった。これをみた子供たちは誰もが人形にすぐかわいいと手に取るのが怖いといった後遺症を残したとみられる。それほど上映後はインパクトがあったらしいのだ。うちの次男もショックが大きくそれ以来、人形嫌いになったほどである。したがってうちにはぬいぐるみの人形のマスコットなどはない。世界中の子供たちが震撼したというキャッチフレーズもあながちオーバーな表現でもないように思えてくるほどである。

 あれからすでに25年の歳月が流れた…
 過去を振り返ったら、おもしろくない。
 前を向いて生きていこう…明日、迫り来る生活苦の危機の方がよほど怖いと思うのだが…    
 そして「気」を鍛錬して強い「気」を作り出してゆくこと。「気」は生きていく上での根本の気持ちだと思う。
  

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